こんにちは、ゴローです。
本日の記事では、3人のベテランパラアスリートの言葉(名言)を紹介していきたいと思います。何度もパラリンピックに出場している選手達です。
何かしらの障がいがある中、それを全く感じさせない、3人の言葉や生き様に触れることで、必ずや皆さんの人生に良い影響があると思います。
読み終わった後、何かのヒントを感じていただけたら嬉しく思います。
山本篤選手(パラ陸上)の名言・生き様
ほかの人が全否定しても
自分がどこまで可能性があるかを
信じられるか信じられないか
一歩を踏み出す勇気はすごく大事
皆さんは知っているでしょうか?山本篤さんを。僕がパラスポーツに触れていくようになって、最も衝撃を受けたというか、かっこいいなあと何度も思わされているのが、この山本篤選手です。
小学校では野球チームに入り、中学、高校ではバレー部に所属していました。高校2年の春休みに起こしたバイク事故により、左足の大腿部を切断することとなりました。
パラ陸上界ではレジェンド的存在で、北京パラリンピックから3大会連続出場。2016年5月には当時の世界記録を更新。記憶に新しいリオオリンピックでは、走り幅跳びでは銀メダル、4×100mリレーでは銅メダルを獲得しています。
リオでのメダル獲得後に出演していたいろいろな番組で、山本選手(山ちゃんと勝手に呼んでいますが)かっこいいなあ!と思っていたのですが・・・さらにすごいことが!
「平昌冬季大会のスノーボードで夏冬の二刀流に挑む」と宣言し、実際に平昌パラリンピック大会に出場してしまいました!まさに、パラスポーツ界の大谷翔平です!
この姿は、多くの人(アスリートに限らず)にとって、自分の人生に可能性を示してくれたのではないでしょうか。
山本選手にとっては、「限界という言葉」が最初から存在していないんです!これは、僕が今最も大事にしている考え方の1つでもあります。
「自分がどこまで可能性があるかを信じられるかだ」という言葉を残した山ちゃん。ここから山ちゃんはさらに続けているわけです!「一歩を踏み出す勇気はすごく大事」と。この後半の部分が、多くの人が出来ない部分でもあり、僕にとっても課題です。
僕自身、この先完全復活することを信じているつもりですが、山ちゃんのレベルで信じていかないと、ここから先には進めない感覚があります。正直、今はまだまだ想像出来ていません、野球をやる姿も、走っている姿も。
でも、山ちゃんは言っています。「一歩を踏み出す勇気はすごく大事」と。僕自身の経験としては、5分座ることも勇気。50歩歩くことも勇気。からのスタートでした。それを何年も続けた後、今で言えば、ブログを始めたことも、車椅子での遍路を行おうということも、自分としては勇氣が必要でした。
ここからさらに自分を信じて加速するためにも、いろいろな一歩を踏み出していきたいと思います!いつか、とんでもない所にたどり着いているためにも。
山ちゃんはさらに続けます。「楽しいことを全力でやりたい。常に挑戦したいと思っている。」と。この考え方が、他の競技に挑戦することにも繋がっていくわけですね。
僕自身もこの言葉の通り、「頑張る」のではなく、「楽しく挑戦していきたい」と思っています!
国枝慎吾選手(プロ車いすテニス)の名言・生き様
勝つ喜びを知ってしまったら
またそれを求めてしまう
東京で最後に最高のガッツポーズをしたい
言わずと知れた、車イステニス界のスーパースターです。今ではかなり多くのパラアスリートを知っている僕ですが、病気をするまでは(恥ずかしながら)1人しか知らず、それがこの国枝さんでした。
9歳の頃、脊髄腫瘍を発病し車いす生活を送ることとなり、その2年後に、母親の勧めをきっかけに車いすテニスと出会ったそうです。当初はテニスよりもバスケットボールを楽しむことに夢中で、健常者の友人と共にスポーツを楽しむことで、現在最も武器となっている「車いす操作」を自然と身につけていったそうです。
08~10年にかけてシングルス107連勝を成し遂げていて、北京・ロンドンでも連続で金メダルを獲得していますが、リオではケガの影響もあり、シングルスでのメダルは逃してしまました。
そんな経緯もあり、その後はこれまで培った武器を捨てて、新しいフォームに取り組んでいます。「ショットの改造がうまくいけば、また新しいテニスが生まれる可能性がある。」という言葉を残して。
かっこよくないですか?これほどの選手が、東京パラリンピックを前にして(リスクもある中で)この挑戦はすごいなって思います。
何のためでしょうか?
ここで、先ほど紹介した言葉の出番です。東京に対する目標・モチベーションはもちろんでしょうが、「勝つ喜びを知っている」ということなんですよ!その勝った気持ち良さが、国枝さんに力を与えているんです!
これ、誰にだって当てはまるコトだと思いませんか?僕だって知っています。座れれば、立てれば、歩ければ、そしてスポーツが出来れば・・・勝ち負けとはまた違うかもしれませんが、その先にある楽しみを想像出来るからこそ、もう一度あの喜びを味わいたいからこそ、今を頑張ることが出来るんです!
国枝選手が、来年2021年ガッツポーズをしている時、僕もガッツポーズしてみせます!笑
ちなみに、2012年のAKB選抜総選挙で、大島優子さんが「この景色をもう一度見たかった」と言っていたのも同じことですよね。目指す場所があるから、目指す場所の喜びの味を知っているからこそ頑張ることが出来るわけです。スポーツでなくても、どんなことでも、どんな人にでも当てはまることなのだと思います。
別所キミヱ選手(パラ卓球)の名言・生き様
泣いても笑っても、同じ人生ですからね
「できない」じゃなくて「できたことを喜ぶ」ことが大切
走り出したら、できるところまで行こうかなって
走ってる方が生きてるって感じがしませんか?
パラ卓球界の、いやパラスポーツ界の、レジェンド中のレジェンドです。ネイルやオシャレも好きで、「バタフライマダム」の愛称を持つ、来週73歳を迎える大ベテランです。
テレビなどで見たこともあるのではないでしょうか?派手な見た目で関西のおばちゃん。インパクトは抜群です!逆に言えば、どんな状況になっても、楽しむことを知っている方という見方もできると思います。
卓球と出会ったのは45歳の時で、約10年後のアテネパラリンピックにおいて、56歳の時にパラリンピック初出場を果たしています。
年齢なんて関係ない!ってことですよね。別所選手からは、障がいだけではなく、年齢という限界さえとっぱらってしまえばいいんだ、というメッセージを受け取ることができます。
そして冒頭の言葉。どんな風に過ごしていたって、人生に流れている時間は同じなんですよ!僕自身も、「笑う方の人生を」・「できることを喜ぶ方を」選ぶことにしました!
泣こうと思えば、いつでも泣くことなんて簡単ですよ。野球したいけど、今できないのであれば「できること(車いす遍路)」でいいじゃないですか!
立ち止まっているだけだと、生きている感覚が無いんですよね。別所さんの言う通り、走ってる方が生きてる!って感じがすると思います。皆さんも、人生いろいとあると思いますが、今できることを楽しく!走り始めてみませんか?
本日の記事で紹介したレジェンド3人の名言などは、『挑戦者 いま、この時を生きる。パラアスリートたちの言魂』の中で紹介されています。他にもたくさんのパラアスリート達の珠玉の名言がありますので、皆さんも是非、パラアスリートの生き様に触れてみて下さい!